福澤諭吉
福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち、天保5年12月12日1835年1月10日)- 1901年明治34年)2月3日)は、日本武士中津藩士のち旗本)、蘭学者著述家啓蒙思想家、教育者。慶應義塾の創設者であり、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所の創設にも尽力した。他に東京学士会院(現在の日本学士院)初代会長を務めた。そうした業績を元に明治六大教育家として列される。は範(はん)。は子囲(しい)。揮毫の落款印は「明治卅弐季後之福翁」。もともと苗字は「ふくさわ」と発音していたが、明治維新以後は「ふくざわ」と発音するようになった(※和書北康利北康利20073福沢諭吉 国を支えて国を頼らず講談社978-4-06-213884-0(21頁))。 現代では「福沢諭吉」と記載される事が一般的である(※学術誌、研究書、辞典類、文部科学省検定教科書など。一方、慶應義塾大学をはじめとする学校法人慶應義塾の公式ホームページでは「福澤諭吉」と表記されている。例えば、理念と歴史を参照。なお、学術書でも「福澤諭吉」の表記を用いるものも近年、出現している。)。 なお「中村諭吉」と名乗っていた時期がある。

1 経歴
 出生から中津帰藩、長崎遊学
 適塾時代(大坂)
 江戸に出る
 渡米
 渡欧(幕臣時代)
 明治維新
 薩長藩閥との対立
 朝鮮改革運動支援
 教育支援
 晩年・年譜
 
2 人物・思想
 アジア近隣諸国に対して
 日清戦争に関して
 福澤の男女同等論
 私生活
 居合の達人
 福澤と勝海舟
 西洋医学
  『蘭学事始』の出版
  北里柴三郎への支援
  慶應義塾医学所の創設
3 エピソード
4 研究・評価史
 日本における福沢研究をめぐる論争
  「脱亜論」再発見から
  「時事新報」無署名論説
 人気度
 アメリカ合衆国における評価
 台湾における評価
 韓国における評価
5 著作等
 主な著書
 著作集
 著書翻訳
6 系譜
 系図
 親類縁者
7 登場作品
8 記念行事
9 脚注
10 関連項目
 関連事項
 親交が深かった人物・同門の人物
 影響を受けた人物
 影響を与えた人物
11 参考文献
12 外部リンク
13 関連人物脚注